キャリア
2025.7.28
#38 「できる」と信じられる仲間がいる─ 大阪・関西万博で示したSABFAの現場力 ~計良 宏文~

2025年大阪・関西万博のオープニングプログラム演目「Physical Twin Symphony」、そして急遽決まった開会式のステージ。その舞台裏には、SABFA卒業生を中心としたチームがありました。プロジェクトを率いたのは、資生堂チーフヘアメイクアップディレクターであり、SABFA校長でもある計良宏文。彼が語る、万博プロジェクトに懸けた想い、現場で発揮されたSABFAの教育の力、そして未来への展望とは?
計良宏文(ケラ ヒロフミ)●資生堂チーフヘアメイクアップディレクター。インターコワフュール・ジャパン理事、日本ヘアデザイン協会(NHDK)ニューヘアモード創作設定委員長、資生堂美容技術専門学校テクニカル・ダイレクター、一般社団法人ジャパン・ビューティーメソッド協会上級認定講師。2020年7月ヘアメイクアップアカデミーSABFAの8代目校長に就任。
INDEX
パラリンピックからつながった信頼と挑戦
大阪・関西万博のヘアメイクを引き受けたきっかけは、東京2020パラリンピック開会式でご一緒した衣装デザイナー・小西翔さんから、直接ご連絡をいただいたことでした。小西さんはパラリンピックの際、我々の取り組みと成果を高く評価してくださっていたようで、再び声をかけてもらえたことを素直にうれしく思いました。
ただ、最初は簡単なメッセージでのやりとりだったのですが、「これは大変なプロジェクトになるな」と。国際的な舞台に関われるというのは、何より光栄なことです。国内で開催される機会はそう多くはありませんし、さまざまな声がある中でも、「世界に向けて発信する」という意義のある現場に携われること自体が、特別な経験だと思っています。
とはいえ、最初から「やります」と即答できたわけではありませんでした。実のところ、「パラリンピックのときのような大変な現場をまたやるのか……」という思いも少なからずあったのも事実です(笑)。
パラリンピックのときは、コロナ禍の中で衛生・セキュリティ面の制約が非常に厳しく、現場運営も簡単ではなかった。一方で、そのときの成功体験が、今回の挑戦を後押ししてくれました。「やりきった」という達成感がとてつもなく大きかったのです。
1日3公演×8日間のハードな舞台を支える
今回、我々が支援した演目「Physical Twin Symphony(PTS)」は、音楽、ダンス、そしてAIテクノロジーが融合した、非常に先進的な内容でした。音や言葉をリアルタイムで変換してパフォーマンスに結びつけていく。出演者の個性も多様で、それぞれの魅力を引き出しながら、舞台としての統一感をどう保つか。ヘアメイクの役割として、常にそのバランスを意識していました。
衣装や演出の方々とも密に連携を取り、動きによって崩れにくいヘアの構造、光の入り方を意識したメイクの質感、ステージ映えするヘアとメイクの持続性など、細部にまで配慮しました。舞台に立つ以上、ただ綺麗であるだけでなく、耐久性や再現性といった機能面も欠かせないのです。
PTSは8日間で全22公演。1日3回公演というハードなスケジュールの中、基本的には私も現場に張り付きで対応しました。
パフォーマーの皆さんの熱量には毎回心を動かされましたし、あの瞬間に立ち会えて本当によかったと感じています。演目を見届けたとき、気がつけば、自然と涙がこぼれていました。
急遽決定した開会式出演者のヘアメイクプロジェクト
当初は、万博ではPTSだけを担当する予定だったのですが、本番の約2か月半前くらいに、開会式にも出演者が出ることになり、開会式に出演が決まったPTSキャストに加え、鼓動、まつりのキャストも含め「ヘアメイクをお願いできないか」と話が舞い込みました。
開会式は演出のスケールも出演者の数も格段に大きく、「鼓動」「まつり」「パレード」という3つのセクションそれぞれに異なるヘアメイクの世界観が求められます。すでにPTSのチームが稼働していたため、追加で倍近い人数のスタッフを編成し直す必要がありました。
短期間での対応が求められましたが、資生堂のアーティストや、SABFAの卒業生を中心に資生堂学園の講師など信頼できるメンバーを集め、テーマに応じた質感づくり、衣装や演出との調整など、直前まで綿密に準備を詰めていきました。
デザイナーの方々と連携し、アート性と伝統性の両立を図るよう意識しました。たとえば祭りでは、日本の伝統を取り入れつつもヒップホップやアートの要素を加えるなど、単なる再現ではない“今の表現”をかたちにしていきました。

信頼できる卒業生との現場チーム編成
結果的に、開会式も含めてチーム全体で大阪・関西万博のプロジェクトをやりきれたのは、SABFAで培った共通言語や、過去の現場経験があってこそだと思っています。どんなにタイトなスケジュールであっても、“できる”と信じられる仲間がいる。それが何よりの強みです。
今回のプロジェクトでは、関西圏のメンバーを中心に声をかけました。大阪、神戸、京都などからの参加はもちろん、名古屋や富山、東京からも「行きたい」と自ら手を挙げてくれる人たちがいました。
そのなかでも「全日程空けておきます」と言って、サロンの予約を1週間分ブロックしてくれる方もいました。1日サロンに立てば何十万円という売上が立つような人たちが、自主的に参加してくれる。そのことに、自分自身も強く励まされました。
理論と感性が通じ合う現場の力
今回のプロジェクトにSABFAの卒業生を起用した理由は、単に技術力が高いというだけではありません。理論や感覚、美意識のベースが共有できているため、現場でのやり取りもスムーズです。ベースメイク一つとっても、「こうしてほしい」と言わずとも理解してくれる。スタート地点が揃っているというのは、非常に大きなアドバンテージです。
また、現場での成長ぶりにも心を打たれました。日に日にクオリティが上がり、キャストとの距離も自然に縮まっていく。最後にはまるで家族のような雰囲気になっていました。「明日はこうしよう」と自分から提案し、チーム内で注意点を共有する姿に、彼らのプロフェッショナリズムを強く感じました。
こうした現場では、ただ誰かの指示通りに動くだけではなく、状況に応じて考え、判断し、行動できる力が求められます。SABFAで教えているのは、まさにそういった“現場対応力”です。どんな条件でもベストを尽くすための思考力や行動力を育てています。
SABFAは学びの場であり、未来への扉
SABFAのクラス制もまた、大きな意味を持っています。生徒同士が仲間であり、同時にライバルでもある。お互いを高め合う環境の中で、自分の技術も感性も磨かれていく。その熱量が、卒業後も生きていることを、今回の万博で改めて実感しました。
今後も、国際的な舞台に限らず、SABFAの卒業生がクリエイティブな力を発揮できる場所を広げていきたいと思っています。現場での挑戦を通じて、自分の新しい可能性に出会える。SABFAは、学びの場であり、未来への扉でもあります。ぜひ一度、その門を叩いていただければと思います。
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