SABFA magazine

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2022.6.6

♯2 なぜメイクアップを学ぶことがサロンワークに活きるのか?Vol.1―SHISEIDO salon PASSAGE BEAUTÉ creative director 門馬宏一

【 門馬宏一 】
福島県出身。資生堂美容技術専門学校卒業。2004年資生堂美容室株式会社へ入社、2013年SABFA卒業。2018年株式会社資生堂へ所属。2022年よりSABFAのアドバンスヘアコース担任としてヘアのエキスパート育成にあたる。SHISEIDO salon PASSAGE BEAUTÉのクリエイティブディレクターとして定期的にサロンワークも行っている。

資生堂ヘアメイクアップアーティストであり、SABFA講師であり、ヘアサロンのクリエイティブディレクターでもある門馬宏一。そもそもSABFAでヘアメイクアップを学ぼうと考えたのは、サロンワークの質を高めるためでした。SABFAでの学びがサロンワークでどのように活かされているのか、これまでの軌跡とあわせて聞きました。

東京で技術者として腕を磨き、地元福島に帰るつもりだった

子どものころから、実家のヘアサロンで母の仕事ぶりを見てきました。「楽しくお話ししながら、お客さまの髪を美しくして、しかも感謝される仕事って素敵だな」と。物心がついたころには美容師になることを決めていました。

実家が資生堂の商品を取り扱っているサロンだったこともあり、母に背中を押されて資生堂美容技術専門学校へ。せっかく上京するのだから、技術者になって自信をつけたら実家を継ごうと思っていたんです。専門学校卒業後は資生堂美容室株式会社に入社し、東日本大震災の少し前に技術者としてデビューしました。震災後に実家が被害を受けていると知り、戻るかどうか迷いましたが、ちょうど同じ時期にSABFAで学ぶチャンスを手にしたんです。

資生堂美容室からSABFAへ通うためには、試験合格が条件でした。数十人の希望者に対して、選抜されるのは1名のみ。とても狭き門ですから、まさか自分が受かるとは思っていませんでした。だからそのときに思ったんです。「SABFAの試験に合格したということは、東京で技術を磨く道に導かれているんじゃないか」と。それで実家に帰ることを一度やめました。

トータルビューティーを謳っているのに、メイクアップの提案ができなかった

そもそもどうして僕が試験に合格できたのか。それは、最終選考のプレゼンテーションで、ヘアだけではなくお客さまにメイクアップまで含めてトータルで提案するための力を養いたいという気持ちが伝わったからだと思います。資生堂美容室はトータルビューティーを謳っているのに、僕はカット、カラー、パーマくらいしか積極的に提案することができなかったんです。

メイクアップに自信がないと、表現する女性像も制限されてしまいます。だから、デザインの引き出しを増やして、トータルの提案ができる美容師になるために、SABFAでイチから学びたかった。そして、それを自分だけでなく、資生堂美容室に還元していきたいと考えていたんです。

当時、僕が通っていたコースは1年間月曜日から金曜日までみっちり授業があり、土日はサロンワークをして、その合間に課題をこなすというスケジュールでした。かなり苦しかったですよ。「あの1年間を乗り越えたから、まだまだ自分は頑張れる」と励ますことがあるくらいです。プライベートも二の次で、ヘアメイクアップに没頭した1年。寝ても覚めてもヘアメイクアップのことばかり。あの濃密な時間があったからこそ、今語れることがあると思うんですよね。

SABFA講師の痛烈な一言が、「チェック柄の門馬」を生み出した

産みの苦しみを強烈に味わったこともあります。今も鮮明に覚えているのは、卒業制作をしているとき、ある先生から言われた一言です。

「なんでこんな見たことがあるようなことばっかり作るの? 自由な発想で見たことがないものを作ることが着地点なんだよ」

苦しんだ末、「チェック柄をヘアメイクアップに落とし込んだらどうなるんだろう」というアイディアが浮かんだんです。これは考えに考え抜いて、アイディアが出てこなくてどうにもならないとき、「たまたま自分がチェック柄の服を着ていた」っていうだけなんですよ(笑)。

球体の頭に、規則正しい縦横の線をどう表現するか。先生も「それは今まで見たことがないし、面白いかもね」と。チェック柄を作品に落とし込んで評価もされたものの、正直に言って「もう少しなんとかならなかったかな?」という思いがありました。

それから4、5年経ったころ、もう一度チェック柄をモチーフにクリエイションをしたいと思ったんですよね。卒業制作のときよりも、突き詰めて、突き詰めて、突き詰めて…うまく言葉にできないけれど、何かに開眼した感覚がありました。そして、チェック柄をテーマにした作品が、コンテストでノミネートされるようになり、WWDのデザイナーズコンテストでグランプリに選ばれたんです。副賞として表紙の撮影も担当しました。

大先輩である原田忠さんにも「面白いね。これがターニングポイントになるかもしれないから、チェック柄をウリにしたら」とアドバイスされました。しつこいくらいにチェック柄を深堀した作品を出し続けて、「チェック柄の門馬」というキャラクターを確立していったんです。

チェック柄が自分にとって欠かせないアイテムに

チェック柄を使ったクリエイション作品

メイクアップの提案ができるようになり、指名が伸びて固定客も増えた

サロンワークでもSABFAの学びが活かされています。例えば、コロナ禍ではマスクをしているので、目と眉のメイクアップがとても大事。「眉山を外側にするとバランスがいいですよ」とか「並行気味にかくと優しい印象になりますよ」などとお伝えしています。お客さまのヘアスタイルにプラスアルファでメイクアップの提案をすることで、「なりたい女性像」に寄せているんです。そうすると、美容感度が高いお客さまから指名されるようになります。

施術後のブラッシュアップメイクアップなど、細かなメイクアップのアドバイスができるスタッフは多くないので差別化につながったのだと思います。

「この人が休みだったら別の人でいい」というお客さまが少なくなりました。

現在は、サロンワークは週1回だけです。しかも僕は横浜店から銀座店に異動し、正直に言うと料金も5000円以上プラスになっています。それでも、約8割のお客さまが横浜から来てくださっています。それだけのお金と時間をかける価値があると思っていただけるのであれば、僕もさらにスキルを磨かなくてはお客さまに失礼だと思うんですよね。

人生のターニングポイントは、まさかのタイミングで訪れる

もし、僕が資生堂美容室のSABFAの試験に合格していなかったら、きっと今ここにいないと思います。実家に帰って、地元で髪を切ることが夢でしたから。

人生のターニングポイントって、いつもまさかのタイミングに訪れるんです。4年ほど前に資生堂ビューティークリエイションセンターの試験を受けて、資生堂ヘアメイクアップアーティストになりました。そのとき、母の病気が見つかったんです。幸い、術後の経過もよかったこともあり、悩んだ末に「資生堂ヘアメイクアップアーティストとして、東京でもっと努力を重ねて、活躍の基盤をつくりなさい」ということなのかな。

とはいえ、僕一人ができることには限界があります。いくら技術を高めていったところで、体は一つしかない。それでも、自分が身につけた技術を伝えていくことで、日本で、世界で、素敵なヘアメイクアップをする人を増やすことができるし、ハッピーになる人も増えていくはず。そんなふうに思いながら、今日も僕はSABFAで、美容師さんがメイクアップやファッションを含めトータルでビューティーを提案できるよう育成に心血を注いでいます。

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