技術
2026.1.27
#41 学びを止めた瞬間、美容師は終わる 三重からクリエイティブを更新し続ける理由 SABFA特別講師・D.C.T.代表 松木 宏紀
【松木 宏紀】
三重県を拠点に活動するヘアサロンオーナー・ヘアメイクアップアーティスト。理容師としてキャリアをスタートし、美容へ転向。ローカルに身を置きながら国内外のクリエイションに挑み続け、JHAグランプリ、WELLA TREND VISIONグランプリを受賞。現在はサロンワークと並行して、コンテスト、ヘアショー、セミナー、撮影など幅広く活動している。
――
「学びを止めた瞬間、美容師は終わる」。そう語る松木宏紀さんの美容人生は、地方に拠点を置きながらも世界基準のクリエイションを追い続けてきた挑戦の連続でした。数々のクリエイティブコンテストで評価を得た後も立ち止まることなく、自らの思考と表現を問い直すために選んだSABFAという学びの場。理容と美容を越境し、「色・形・質感」を軸に独自の表現を築いてきた松木さんが追求するクリエイションの本質に迫ります。
INDEX
ミリ単位の世界が、僕の美容人生の原点だった
僕は18歳で理容師としてキャリアをスタートしました。実家は理容一家で、父も兄も床屋。修業時代は大阪で過ごしましたが、いずれ地元・三重に戻り、自分が理容室を継ぐつもりでいました。というのも兄も理容師でしたが、結果的に別の道を選ぶことになり、「帰ってこい」と声がかかったのは、弟である僕のほうだったんです。
大阪で修業を積んだあと地元に戻り、店を立ち上げたときも、最初は理容室というより“美容室のような空気感”のサロンでした。姉が美容師として名古屋で働いていたこともあり、立ち上げを手伝ってもらいながら、理容と美容が自然に混ざり合う環境ができていった。結果的に、お客さまも男性だけでなく女性が多く、男女比は6:4、あるいは7:3くらい。理容師としてスタートしたはずなのに、気づけば美容の要素が当たり前にあるサロンになっていました。
ただ、理容の世界で培った技術には、今でも誇りがあります。ミリ単位の精度を徹底的に叩き込まれた経験は、僕の技術と仕事への姿勢の土台です。
地方で生き残るために、クリエイティブは“戦略”になった
クリエイティブに本気で向き合うようになったきっかけは、実はとても現実的な理由で、人材採用でした。地方でサロンを続けていると、お客さまを集めることはできても、スタッフが集まりにくいものなのです。
そんなとき、美容師のコンサルをしていた方に言われた言葉が、今でも強く残っています。「店に魅力がないなら、人に魅力をつけるしかない」。地方にいようがなんであろうが、自分自身が外に出て評価される存在にならなければ、何も変わらない。まず言われたのは「名古屋で一番有名なカメラマンを一年間おさえろ」ということでした。月に一度、必ず撮影をする。モデルを手配し、作品をつくり続ける。撮った作品は、東京の編集部に持ち込みました。
夜行バスで通い、プリントした写真を手に、ひたすら見てもらう。評価されることもあれば、相手にされないこともある。否定されて、またつくって、また持っていく。でもその過程で、「なぜこのデザインなのか」「なぜこの表現なのか」を、自分の言葉で説明できるようになっていきました。
グランプリの先にあったのは、「満たされなさ」だった
地方でサロンを続けていくなかで、「個人として評価されること」が必要だと考えていました。だからJHAやWELLA TREND VISIONといった、基準が明確で、結果がはっきり出るコンテストにも挑戦していたんです。
JHAやWELLA TREND VISIONでグランプリをいただいたとき、うれしかったのは事実です。周囲から見れば「成功している美容師」だったかもしれません。でも同時に「この先、何を目指せばいいんだろう」という感情がありました。評価された表現に、自分自身が縛られてしまうことも怖かった。このままでは、自分のクリエイションが更新されなくなる。そう思ったとき、自分の思考を一度整理し直す必要があると感じました。
SABFAを選んだ理由はシンプルです。SABFA前校長の計良さんや現校長の進藤さんの作品が、純粋に好きだったから。技術だけでなく、考え方や表現の組み立て方に惹かれていました。
自分の表現が、なぜ評価されたのか。何が強みで、何が足りていないのか。それを感覚ではなく、構造として理解したかった。なので、僕にとってSABFAは「上手くなる場所」ではなく、「考え続けるための場所」でした。
SABFAで得られたのは「思考の整理」の時間だった
SABFAで学ぶことで、自分がこれまで感覚的にやってきたことが、少しずつ言語化され、構造として整理されていく感覚がありました。そのプロセスこそが、SABFAで得られた一番大きなものです。
僕の場合、今回は特にメイクにフォーカスしました。ヘアに関しては、これまでのキャリアの中である程度積み上げてきた自負があったからこそ、あえて別の領域から自分の表現を見つめ直したかったんです。ヘアとメイクを切り分けて考えることで、これまで当たり前だと思っていた判断や癖に、改めて疑問を投げかけることができました。
また、SABFAで印象的だったのは、受講生や講師の視座の高さです。時間もお金もかけて集まっているからこそ、愚痴や言い訳がない。どうすればもっと良くなるか、どうすれば表現を更新できるか、その会話だけがある環境は、とても心地よく、刺激的でした。
あらためて振り返ると、SABFAは自分の現在地を確認し、次に進むための「答え合わせ」の場だったと感じています。
クリエイティブに近道はない。勝ち方は「色・形・質感」しかない
僕がクリエイティブを考えるとき、いつも立ち返るのは「色・形・質感」の三つです。デザインを構成する要素は、突き詰めればこの三つしかありません。どれだけ言葉を重ねても、最終的に見る人に届くかどうかは、ここで決まると思っています。
例えば、僕は海外のコンテストに挑戦する中で、日本人モデルの髪質や素材の違いに、何度も壁を感じた経験があります。その中で考え続けたのが、「どう勝つか」ではなく、「どこで勝つか」という視点です。
僕の場合、それは理容で培ったミリ単位の精度と、美容のセンチ単位の発想を掛け合わせることでした。形はできるだけシンプルに、その分、色や質感で振り切る。時には「うるさい」と言われるくらいまでやり切るのも、想像を超えるための設計です。
シンプルが一番きれいだということは、誰よりも分かっているつもりです。でも、それだけでは新しいものは生まれない。だから僕は、失敗を前提に、少し外したところに挑戦し続ける。クリエイティブとは、正解を探すことではなく、自分なりの問いを立て続けることだと思いま
学びを止めないこと。それが、僕のいちばんの目標
これからの僕の目標は、とてもシンプルです。それは「学びを止めない美容師であり続けること」。周りからは「もう十分結果を出しているのに、まだ学ぶのか」と言われることもあります。でも、評価をもらった瞬間から、次に更新しなければいけない課題が必ず生まれる。そうでなければ、表現は簡単に止まってしまうと思っています。
僕はお客さんに対して、よくこんな話をします。「もしお客さんから『これ以上きれいにしなくていい』って言われたら、美容師を辞めるかもしれません」と。でも、それが本音なんです。僕が学ぶことをやめるということは、お客さんの可能性を広げることをやめるのと同じ。これからも、自分の表現を疑い、問い続けながら、次の景色を見に行きたいと思っています。
座右の銘は「努力に勝る天才なし」
僕の座右の銘は、「努力に勝る天才なし」です。理容師としてキャリアをスタートした頃、当時のオーナーから何度も言われてきた言葉でもあります。特別な才能があったわけではない僕にとって、この言葉はずっと支えになってきました。
うまくいかない時期も、評価されない時期も、とにかく手を動かし続ける。結果が出た後も、同じ姿勢で積み重ねる。その繰り返しが、今の自分をつくってきたと思っています。グランプリを取ったからといって、突然何かが変わるわけではありません。むしろ、その後の姿勢のほうが大切だと感じています。
努力はすぐに結果が出るものでもない。でも、努力は裏切らない。地方からそのことを証明し続けたいです。
一覧をみる
SHARE