SABFA magazine

ヘアメイクアップアーティスト

2025.9.8

#39 進化する美の現場で、変わらないものを育てる ―SABFA歴代校長クロストーク―

【原田 忠】
元航空自衛官から転身。資生堂トップヘアメイクアップアーティストとして活躍し、コレクションや広告、商品開発、著名人のビジュアル演出など手がける。第7第SABFA校長。
【計良 宏文】
資生堂チーフヘアメイクアップディレクター。複数の美容団体で要職を務め、教育・創作の両面で活躍。著書『KERAREATION』では独自の美学を体系化。第8代SABFA校長。
【進藤 郁子】
資生堂トップヘアメイクアップアーティスト。SABFAテクニカルディレクター。ファッション誌やコレクション、広告など多方面で活躍し、資生堂「マジョリカ マジョルカ」も担当。2025年10月より第9代SABFA校長に就任
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40年間の歩みのなかで、美容業界に数多くの才能を輩出してきたSABFA。その歴史と哲学を紡ぎ、時代の変化に応じて進化を遂げてきた背景には、歴代校長たちの熱い想いがありました。

そこで今回、SABFAのこれまでとこれからを語り合う場として、原田忠、計良宏文、そして第9代校長に就任する進藤郁子によるクロストークを企画しました。3人が見つめる美容業界の変化、表現者の在り方、そして未来へとつながる「学びの本質」について語り合います。

「美容業界はどこへ向かうのか」 SABFA歴代校長が語る、時代のまなざし

計良 今はフォトコンテスト全盛の時代で、いろんな人たちが創作にチャレンジしやすい時代になっているとは思うんですけど、偏っている印象があるんですよね。「これがウケる」と分かっていて、それをみんなで追いかけたら、やっぱり似たような感じになってしまう。

進藤 美容やヘアメイクの世界で、自分らしさを持ちながら走り続けるには、何かしらの芯や軸が必要なのかもしれません。

原田 SNSが当たり前になって、ジェンダーやAIの問題も絡んできて、美容の表現ってどんどん複雑になっているんですよね。さらに「これはAIが作ったものなのか、それとも人間の手によるものなのか」っていう境界が曖昧になってきた。AIが生み出したビジュアルに、人間がどう対抗できるのか。今はまさにそのせめぎ合いの最中にいる感覚があります。

原田 今はAIがおすすめを提案してくれる「受動的」な時代。求めていないものに出会う機会が減ってしまった今こそ、特定の枠に閉じこもらず、意図的に世界を広げていく姿勢が重要じゃないかな。実際に現物を手に取って、その「匂い」や「風合い」を確かめる。そういう体感は、デジタルでは得られないんですよ。

計良 学生の現場を見ていて感じるのは、自分で考えなくなってきたことです。みんな、ネットやSNSに出てくる画像、それも、AIがつくったものを含めて「参考画像」として見せて、「これをやりたい」と言ってくる。すでに編集された素材を並べているだけで、自分自身が編集者になれていない。僕らの強みは自分の頭の中でイメージを描いて、それを形にする力があること。その過程には、自分なりの「編集作業」があって、それがあるからこそ「オリジナル」と言える作品が生まれるんです。

原田 ただ、AIなどの新しいものを毛嫌いするのではなくて、共存していくことが大切。それぞれの強みを活かして、より良いものをつくっていくためのパートナーとしてAIを捉える。そういう視点を持てたら表現の可能性はもっと広がるはずです。

これからの美容業界を生き抜くために、何が求められるのか

原田 美容の世界にも二極化の波が来ています。たとえば、低価格で機能的なメニューを提供する層と、唯一無二の表現で高い価値を提供する層。技術が「商品」として明確に見える時代だからこそ、美容師の淘汰(とうた)も進んでいく。つまり、広く浅くできる人よりも、「何かに特化して圧倒的な強みを持つ人」が評価される時代に入ってきているんじゃないかと。

進藤 どんなに時代が変わっても、AIでは到底つくれないもの、人間にしかできない表現って、絶対にあると思うんです。ファッションやビューティの世界では「これはAIでつくったものだけど、人間にはできないよね」と言われることもある。でも、私たちがそれに対して「それならこういう表現なら私たちにできる」と提案できる力を持っていないと、未来には通用しないと思う。そのために今、SABFAで学びたいと手を挙げてくれる人たちの存在は、本当に心強いです。

計良 できる人と、できない人。その差ははっきりしていて、やっぱり「できる側」に回るためには、自分から学びに行くこと、自分に投資することが必要。たとえば、時間をつくって足を運ぶとか、本を読むとか、人に会って吸収するとか。SABFAに来てくれる方たちは、そういう意味ではすでに先行投資ができている人たちなんですよね。

進藤 技術があることに加えて、そこに人の想いが宿っているかどうか。どんなに技術やツールが進化しても、人の想いや、切実さや、何か強いエネルギーが込められた表現は、やっぱり心に響くし、見る人を動かします。そういった「何かを訴えかける力」は、時代が変わっても、決して変わらない本質だと思うんです。

伝統を礎に、未来を切り拓く「伝統×革新」

原田 SABFAの初代校長・福原義春が20周年記念誌に寄稿した「SABFAが果たすべき役割」のなかに「プロフェッショナリズム」という言葉が掲げられていました。それは単に「技術がうまい」ということではなく、社会性や理性を持ち、課題を見つけ、創造的にそれを解決できる力を備えた人間であること。ただ美を形づくるだけではなく、美容を通じて社会と、そして世界とつながっていく人材を育てていく。それがSABFAの存在意義であり、私たちが排出すべき「美のプロフェッショナル」の姿。私がSABFAに関わった頃と今とでは、環境も学びの内容も大きく変わっていますが、本質的に目指しているものは変わっていません。

計良 SABFAの学びは、「涵養(かんよう)」という言葉で表せると思います。何かを一瞬で変えるのではなく、時間をかけてじわじわと染み渡っていく。もちろん、卒業生が、すぐに何か成果を出すこともあるでしょうし、時間をかけてその学びを生かしていく人もいると思う。でもその根底には、確かにSABFAの学びが染み込んでいて、それがその人の仕事や人生の基盤になっている。それこそが、SABFAが受け継いできたものだと思います。

進藤 私は、「大切なものは守りながらも、変えるべきところは恐れずに変えていく姿勢」を大事にしたいと思っています。私たちが学んできたSABFAの姿勢は、泥臭さもあり、愚直に、でも確かに一歩一歩前に進むものでした。今の若い世代に対しても、そんな「地に足がついた学び」の意義を、しっかり届けていきたい。撮影やクリエイションのハードルも下がり、ネット上にはたくさんの知識やテクニックがあふれています。だからこそ「SABFAで学ぶ意味」や「ここでしか得られない学び」が、これからますます大切になってくるはずです。

SABFAの学生に学んでほしい、大切なこと

進藤 私は、長く「手仕事」としての美容の仕事を続けていける人を育てていきたいと考えています。単に売れるとか一瞬の流行に乗るのではなく、時代を越えて「求められ続ける」技術者。そんな人をSABFAから輩出していきたいんです。

計良 たとえば少しずつ役割や働き方が変化しても、現場で輝き続けられる人材。そういう人こそ「真のプロフェッショナル」だと思うんですよね。だからこそ、長く必要とされ続けるための基盤がますます重要になってくる。私たち自身も、できる限り長く先頭を走り続けたいと思っています。そしてこの仕事のなかで得た「生きた情報」や「実践的な知識」を、惜しみなく次の世代に渡していきたい。それがSABFAの使命でもあると感じています。

伝統と革新。理論とクリエイティビティ、制度と創造力。対立するようで、実はどちらも大切で、両方を持ち合わせていたほうが良いと思うんです。どちらか片方だけでは足りなくて、それを自由に行き来できることが、これからの時代にはより求められるのかなと。SABFAが向き合ってきた40年の歴史の中でも、「変化の時代」は何度も訪れていて、そのたびに見直して、更新して、受け継ぐべきものを大切にしながら、常にアップデートしてきたんです。

原田 私がSABFAで学ぶ人たちに一番伝えたいのは「自分の『好き』を、世界中の人にちゃんと好きだって言える人になってほしい」ということです。それがオリジナリティやアイデンティティにつながるし、自分の言葉で「私はこういうことがやりたい」と言える人になれる。誰かに助けられながらでも諦めずにやり続ける力、そして「私はこれが好きなんだ」と言い続ける意志が大事なんだと思います。

計良 卒業してからもSABFAに通い続けてくれる方がいるのも、まさにそう。満足しちゃったら終わりですね。成長に終わりはないし、「好きを続けたい」って思ってくれる限り、私たちは何度でも背中を押したいと思っています。

原田 SABFAの学びって、たとえば筋トレと同じで、「こうすればいい」というやり方を教えてもらって、でも結局は、自分でそれを継続していくしかない。まさにSABFAは「美容の体力」のつけ方を学ぶ場所なんですよ。そして、続ける力=習慣化する力。それを身につけた人って、本当に強いんですよね。

進藤 SABFAが変わっていく、まさにその節目に私がいることを、私はすごく幸運だと思っています。でも、何かをなくして変えるのではなくて、受け継ぎながら、新しい視点を加える。そういう変化を起こしたいと思っています。私にとってSABFAは、人生の転機になった学校です。この学校をもっと多くの人にとって、意味のある場所にしていけるよう、校長として力を尽くします。


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