SABFA magazine

クリエイション

2024.12.17

#32 creative SHOWER –美と、感性を、あびる時間– 日本人唯一のパリコレオートクチュールデザイナー  ユイマナカザトが創るファッションの未来

美容技術者をはじめ、美に携わる方々にとって自身のクリエイティビティや仕事に新たな価値を生み出すオンラインサロン「creative SHOWER」。ゲストにパリコレオートクチュールデザイナーのユイマナカザトさんをお迎えし、計良宏文がナビゲーターとしてその活動内容やクリエイティブの源泉を深堀りしていきます。本記事では収録された動画コンテンツをダイジェストでお届けします。

ユイマナカザト●1985年 東京生まれ。ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミーを日本人最年少で卒業。2009年に自身のファッションレーベル「YUIMA NAKAZATO」を設立。2016年7月、日本人として史上2人目、森英恵氏以来12年ぶりとなるパリ・オートクチュール・ファッションウィーク公式ゲストデザイナーの一人に選ばれる。

計良宏文(ケラ ヒロフミ)●資生堂チーフヘアメイクアップディレクター。インターコワフュール・ジャパン理事、日本ヘアデザイン協会(NHDK)ニューヘアモード創作設定委員長、資生堂美容技術専門学校テクニカル・ダイレクター、一般社団法人ジャパン・ビューティーメソッド協会 上級認定講師。2020年7月 ヘアメイクアップアカデミー SABFAの8代目校長に就任。

アントワープ王立アカデミーとの偶然の出会い

計良 今日のクリエイティブシャワーのゲストとしてお迎えしたのは、ファッションデザイナーのナカザトユイマさんです。

パリのオートクチュールウィークでオートクチュールデザイナーとして活躍している日本人は、1人だけと言われています。まずはこれまでの経歴と活動についてご紹介いただいていいですか?

ナカザト 高校卒業後、ベルギーの『アントワープ王立アカデミー』でファッションデザインを学びました。ここでの学びが、私の人生における最初の大きな転機だったと思います。高校時代はバスケットボール部に所属していたのですが、ある日、新聞で偶然この学校の存在を知り、衝撃を受けたんですね。見たこともない服を見て『こんな服もファッションなんだ』と驚きました。アントワープから多くの偉大なデザイナーが生まれていることを知り、興味がどんどん膨らんでいったんです。

そして思い切ってアントワープに飛び込んだわけですが、現地では制作した作品のプレゼンテーションを行う日々が続きました。ひたすら自分のデザイン哲学を先生に伝え、対話を重ねる授業が中心でしたね。一対一の授業が基本だったため、コミュニケーション能力がとても重要であり、言葉に加えて絵やビジュアルを駆使して自分の考えを伝えるスキルも必要でした。

Black Eyed Peasに衣装を提供

ナカザト アントワープの学校を卒業した後、私の人生にまた大きな転機が訪れました。それは本当に奇跡的な話だったのですが、アメリカの「Black Eyed Peas」というグループの世界ツアーの衣装をデザインしてほしい、という依頼が突然舞い込んできたのです。卒業制作で作ったデザインを、ファーギーの衣装として応用してほしいというものでした。

印象に残っているのは、ファーギーのために一点ものの衣装を作り、それをロサンゼルスまで持参したときのこと。初めて彼女と会った瞬間、その衣装を見て大喜びしてくれたのです。自分の服を誰かが喜んで着てくれる。その経験が、オートクチュールの世界にのめり込むきっかけとなりました。

新しい服をつくるための技術開発にも挑戦しています。たとえば、「バイオスモッキング」は特殊なデータを布に印刷し、70度のお湯に浸けると、平面だった布がまるで生き物のように動き出し、二次元だった布が立体に変化するというもの。水分を飛ばすことで、長方形の布が立体的な形状に変わり、最終的にドレスが完成します。

この技術が可能になった背景には、人工合成タンパク質という全く新しい繊維の誕生が大きく関わっています。クモの巣のアミノ酸構造を人工的に模倣して作られた繊維です。クモの巣には、水分で伸縮する性質があります。この特性が、当初は「縮んでしまう」というネガティブなものと考えられていました。しかし、この性質を逆手に取り、「縮む力」を利用して新たな可能性を生み出そうという発想に至りました。

バイオスモッキング技術

「オートクチュール」とは何なのか?

計良 「オートクチュール」という言葉を耳にしますが、具体的にどういうものなのか、正直なところ私自身、はっきりとは言語化できていません。そのあたりを教えていただければと思います。

ナカザト オートクチュールという言葉はフランス語で、「オート」が「高級な」、「クチュール」が「手仕事」という意味を持っています。つまり、オートクチュールとは、手作業で作られる高級な衣服というイメージですね。デザイナーが特定の顧客一人のために服を仕立てるものです。レースや刺繍など、職人の高度な手作業が含まれるという点で、より芸術性や伝統技術が重視されています。

計良 パリのオートクチュール界といえば、クリスチャン・ディオールやジャン=ポール・ゴルチェなど、世界的に著名なデザイナーたちが集う場所ですよね。

ナカザト その通りでパリのオートクチュール界には名だたるメガブランドが揃っています。オートクチュール界において「日本人デザイナーがここにいる意味」や、その価値を証明するのかが問われるのです。自分にしかできないことは何なのかを突き詰める必要があります。

これは、アントワープの学生時代から考え続けてきたテーマでもありますが、さらにそれを深化させ、強化していく必要がありました。その一つの答えが、手仕事と新しいテクノロジーの組み合わせです。伝統的な技術と最先端の技術を融合させ、新しい価値を生み出すこと。日本の伝統的なクラフトマンシップと最先端の技術を組み合わせるというアイデアは、今のパリのオートクチュール界にはない新しい要素になり得ると感じています。

コレクション前のプレッシャーを乗り越える方法

計良 コレクション前というのは、本当に短期間で、約半年という限られた時間の中で新しいものを生み出さなければならない非常に過酷な時期ですよね。そのプロセスの中で、どんどん追い込まれていきながら作品を作り上げていくわけですが、その道をこのまま突き進んで本当に良いのかと、不安に思う瞬間もきっとあるのではないでしょうか。

ナカザト 必ず半年後に最高の作品を発表しなければならない。そのため、この半年間の過ごし方が非常に重要になります。オリンピック選手がピークに合わせて調整する感覚に似ていると思います。その期待を超える使命感が、プレッシャーでありモチベーションでもあります。

こうした状況を乗り越えるために大切なのは、自分を信じ切る力をどう育てるか。そのためには、大量の情報をインプットし、過去の歴史や人類が「美しい」と評価してきたものを深く知ることが自信に繋がります。たとえば、美術館で展示作品を見て、「なぜこれが残ったのか」と考えることが大事だと思います。

アート作品が自然にそこにあるわけではなく、誰かが「これは価値がある」と判断し、選び抜いた結果そこにある。その理由を紐解くことで、「人間はこういうものに感動してきたのか」と感情の動きが見えてきます。人々が感動するものを永遠に残したいと思う理由を理解すれば、自分もそのような感動を生み出せるかもしれないと感じるのです。人を感動させる何かを作り出すには、過去の知識や感動を自分のクリエイションに取り入れることが鍵だと思います。

ナカザト×計良のコラボレーション

計良 ナカザトさんとは何度か一緒に仕事をさせていただいています。最初にデッサン画で拝見したとき、「これはすごいことになってる!」と驚きました。その造形美だけでなく、ヘアデザインにも大きなインパクトを感じたのを覚えています。

ナカザト 手塚治虫さんの火の鳥のイメージから始まっています。架空の生き物ですし、人類の未来を示唆するメッセージがインスピレーションになっている。さらには日本の伝統文化である歌舞伎の過剰な装飾性にも着想を得ました。

計良 最初のアイデアとして、「髪の毛から煙を出せませんか?」という発想もありましたね。完全に忠実に再現するというよりも、自分なりの解釈を加えながら、一つひとつウィッグを丁寧に。このウィッグはまさに一点もの、オートクチュールそのものと言える仕上がりでした。

先ほど歌舞伎について触れられましたが、日本の歌舞伎文化や、アニメ的な造形感覚がデザインにも反映されていると感じました。日本の文化的なオリジンが随所に詰まっているように思います。

火の鳥をイメージしたデザイン画

デザイン画を元に制作したウィッグ

自分の心が何に動かされているのか気づくことが大事

計良 毎シーズン新しいものを生み出していらっしゃいますが、その過程でどのようなインプットを得て、それをどのようにアウトプットに繋げているのか、そのプロセスについてお聞きしたいです。

ナカザト まずは、日々自分の心が何に動かされているのかを、客観的に観察するようにしています。それは必ずしもポジティブな感情とは限りません。喜怒哀楽のうち、時には悲しみや怒りといった感情も含まれます。心が抑揚を感じる瞬間に敏感になることで、「今、自分はこれに感動している」「これに心が動かされている」と気づくことができます。

その感覚を大切にするため、気づきをメモしたり、気になるものを集めています。そうしてデータのように蓄積していくと、自分の意識が自然と向かっている方向が少しずつ見えてくるんです。

また、さまざまな行動を起こしてインプットを得ることが重要です。多様な人々と接し、対話する中で得られる五感を通じたインプット――匂いや視覚、音など――は、想像以上に自分の創造力を刺激します。見たことのない世界を目の当たりにすると、それだけで新しい発想がかき立てられます。

最近では、音声メディアもインプットの大きな助けになっています。ポッドキャストやYouTubeなど、音声を通じて得る情報は、テキストとはまた違う感覚で吸収できます。普段自分が接することのない分野の話を聞くと、「こんな考え方があるのか」「これが今新しいトレンドなんだ」といった新鮮な発見があります。特に異業種の人や全く異なる価値観を持つ人の話を聞くことは、クリエイティブな発想を得る上で欠かせません。

本物に触れ、自分の感性で再解釈してアウトプットする

計良 この「クリエイティブシャワー」は、美意識や感性を磨くことを目的としているわけですが、ユイマさんが感性を養うためにどのような取り組みをされているのか、教えていただければと思います。

ナカザト 多様な視点や価値観に触れること、そして歴史の中で積み重ねられてきたクリエイティブな成果を知ることです。

これを通じて、「美しさとは何か」というぼんやりとした感覚が少しずつ相対的に理解できるようになります。たとえば、音楽や映画、アートなどさまざまな分野の作品に触れることで、まさに「クリエイティブシャワー」を浴びるような体験が得られます。

美術館で歴史に残る絵画に触れたり、クラシック音楽の名作を聴いたりなど、「本物」とされるものに触れることは非常に大切です。それらは淘汰を経て残されたものであり、その価値が時代を超えて評価され続けてきたものだからです。それらを吸収し、自分の感性で再解釈してアウトプットすることが、美意識を養うための基盤になるのではないでしょうか。

計良 最後に視聴者の方々にメッセージをお願いします。

ナカザト 喜怒哀楽、自分の感じていることを、恐れずに素直に出していくことが大事かなと。自分が感動しているのであれば、勇気を振り絞って出してみる。これを繰り返しているうちにいつしか、恐れなくなっていく。日々の人間関係や、いろんなことにも良い影響を生み出していくんじゃないかなと思います。

計良 本当にその通りですね。自分の感情を表に出すのが照れ臭かったりするけど、一歩超えることでセンスも高まっていく。勇気の出るお話をありがとうございます。

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