SABFA magazine

ヘアメイクアップアーティスト

2024.6.19

#27 無駄な学びや挫折はない。その点と点が線になる瞬間が必ずくる ~資生堂トップヘアメイクアップアーティスト 向井 志臣~

【向井 志臣】
資生堂トップヘアメイクアップアーティスト。宣伝広告、女性誌やテレビなど多くのメディアで活躍中。男性目線を生かしたほのかに色っぽいヘアメイク、抜け感やバランス感覚に長けたトレンド感のあるヘアメイクに定評があり、多くの女優、タレントから支持を得ている。クライアントのオーダーに120%で応えるのがこだわり。資生堂ではさまざまなメイクアップブランドを担当したのち、2015年から「マキアージュ」、2023年から「インウイ」を担当。宣伝広告のヘアメイクや商品開発にも携わる。
SABFAで講師を務める向井 志臣は、資生堂トップヘアメイクアップアーティストとして複数のメイクアップブランドを担当し、今をときめく女優、モデルのヘアメイクを担当してきました。メイクを学ぶ生徒たちに腹落ちさせるロジカルなメイク指導も得意としています。そんな向井ですが、自身の学生時代は美容業界に強い思い入れもなく、ヘアメイクアップアーティストになることすら考えていなかったのだとか。そんな人物がなぜ今、資生堂トップヘアメイクアップアーティストであり、SABFA講師も務めているのか。その特異な足跡を辿りました。

美容師か歯科技工士か…ヘアメイクは頭の片隅にもなかった

私は完全に成り行きでヘアメイクアップアーティストになった人間です。母が美容室を経営しており、親戚に歯科技工士が多かったこともあって、高校時代に考えた職業選択は美容師か歯科技工士の二択でした。手に職をつけたかったし、自分は大学に進学しないので、大卒と争わない職業につかなきゃダメだと思っていたんですよ。

ただ、歯科技工士の学校は応募を締め切っていたので、残された選択肢は美容師のみ。母の美容室が資生堂の商材を取り扱っていたこともあって、資生堂美容技術専門学校に進むことに。もしも、歯科技工士の専門学校が締め切り前なら、歯科技工士になっていたかもしれないですね。

美容専門学校では、学科も技術も得意だったため、卒業前には先生から「資生堂を受けてみたら?」と勧められました。運よく採用されてMASA(マサ)という直営サロンに入ったのですが「ここは普通の美容室と違うな」と感じました。先輩たちはサロンワークだけではなく、資生堂の広告撮影の仕事やコレクションメイクなどの仕事で忙しくしていました。その様子を見て「昨日、テレビで見たあのCMは、この先輩が手掛けていたんだ。こういう仕事もいいな」と思ったんです。そして、気付いたら「毎日のように見る資生堂のCMを、自分も手掛けられるようになりたい」と思うようになっていました。

資生堂ヘアメイクアップアーティストならではの喜びと苦悩

CMの仕事を任されるようになったのは、入社から10年ほど経ったころ。「AG+」という銀イオンの除菌・消臭機能を応用したプロダクトを担当しました。当時は海外撮影も多く、撮影はすべてロサンゼルスでした。CMローンチ後、毎日テレビで流れているのを見て「影響力のある仕事なんだな」と感じましたね。今も鮮明に覚えている思い出深い仕事です。

その後は、資生堂の仕事を中心にビューティー誌でヘアメイクを担当したりなど、幅広い経験を積みました。ヘアメイクアップアーティストはいつまでもインプットし続けなければならないので、終わりがない仕事だと思います。ただ、初めてメインでCMに携わるようになってから10年後の39歳にしてヘアメイクアップアーティスト基礎を確立できた感覚がありました。それまでは難しい要求をされて困ったり、失敗して落ち込んだりすることや、「アートディレクターやフォトグラファーのイメージを具現化できなかった」と反省することも多々あったんですよ。

資生堂のヘアメイクアップアーティストの立ち位置はちょっと変わっていて、広告制作をするときはメイクアップアーティストであり、クライアント側(資生堂)の人間でもあります。だから、広告制作の監督も、我々にあまり強く言えないと思うんですよね。だからこそ、もっと自分たちが寄り添っていく姿勢、応えていく姿勢を見せなきゃいけない。でも、能力が追いつかず歯がゆい思いをしました。

資生堂のプロダクトには企画や開発など含めて、本当にたくさんの人が関わっています。ヘアメイクアップアーティストの仕事は、そのプロダクトを生活者に届けるための、最後の一押しくらいの位置づけです。自分が仕事で思うように結果を出せなかったときは、関わった人たちへの申し訳なさを感じていました。

点と点のまま離れていた学びと挫折が線になり、やがて面になる

もがいていた時期の自分をサッカーにたとえると、目の前のボールを追うことに精一杯の状態だったと思います。今は味方の動きや試合の展開も俯瞰できるようになった状態です。

なぜ自分が変わることができたのか。これはやっぱり経験を積んだからですね。点と点のまま離れていた過去の失敗や学びがつながって線になり、面になったのかなと。当時は「こんなことをやって意味があるのかな」と思っていたことが役に立つ場面が増えていきました。

次第に、自分のことで精一杯ということがなくなり、監督に「女優さんに似合うと思うので、このヘアメイクにトライしてもいいですか」という提案をするゆとりが生まれる。そして、信頼関係が強固になる。振り返ると、私は若いころ挫折から逃げていました。30歳を過ぎてから挫折や失敗を味わうことになりましたが、それを糧にできたから今の自分がいます。

私は今、資生堂のメイクアップブランドを担当しているので、ブランドの企画段階からCMなどのプロモーションに至るまで、たくさんの社員と連携しながら携わっています。一人よりもチームでいいものを生み出したときのほうが喜びも大きいです。しかもそれが世の中の多くの人に届けられるというのは、資生堂ヘアメイクアップアーティストならではのやりがいですね。

人に教えるときは、全ての「なぜ」に応える準備をして臨む

ヘアメイクアップアーティストとしてキャリアを積むと、後輩への指導をはじめ、セミナーやSABFAの講師など、人に教える仕事も増えてきます。私のメイクは「ロジカル」と表現されることが多いのですが、「なんとなくカワイイ」ではなく、「なぜカワイイのか」を徹底的に解説できるようにしているからだと思います。なぜこの色を塗るのか、なぜこの太さで描くのか、そして、それらがどんな効果を引き出してくれるのか。全て語ることができます。

誰かに何かを教えるときに意識しているのは、全ての「なぜ」に答えられるようにしておくこと。教えられる側が疑問に思う点を徹底的に深堀りして、先に答えを用意しておくんです。だから「最後に何か聞きたいことはありますか?」と聞いたとき、手を挙げる人が誰もいないときは、すごく気持ちがいい。参加した人たちの「なぜ」に答えられたと思えるからです。

無駄な学びはない「学んでよかった」と思える瞬間が必ずくる

SABFAで講義を担当するときに感じるのは、生徒のモチベーションの高さです。学ぶ姿勢からなんでも吸収してやろうという意気込みを感じます。教える側もいい加減な講義は絶対にできない。だから、受講後のアンケートの内容はすごく気になりますね。本当に満足してもらえる授業ができたのか、改善できるところがないか、ヒントをもらっています。

今の時代、タダで学べることも多いですし、YouTubeで自分の興味があるテーマだけを流し見することもできます。でも、それでは自分の知っている範囲や、今の自分が興味を持っていることしか学べません。はっきり言って、そこに成長はないと思います。

私たちの仕事は、一つとして同じ現場はありません。興味があることや知っていることだけやっていては成立しないんです。むしろ、「この学びは、いつどこで役立てられるんだろう」と思っていたことが、点と点が線になるようにつながる瞬間がある。だからこそ私は、SABFAの学びに価値があると思います。

SABFAの各コースはプロのヘアメイクアップアーティストが自分たちのキャリアから導き出した「本当に必要な学び」が詰め込まれ、なおかつ今の時代にあわせて最適化されたものです。無駄な学びは一つもありません。すぐに役立たなかったとしても、美容の世界で生きる人なら、いつか「学んでおいてよかった」と思える瞬間がくるはず。SABFAの生徒には、未来への投資のようなつもりで、貪欲に学んでほしい。それが、その後の人生に長く影響を与え続けることは間違いありません。

座右の銘は「他人と比べるのではなく、過去の自分と比べろ」

他人と自分を比べてもいいことはないと思っています。他人との比較は、妬み嫉みになりがち。不思議なもので、ビル・ゲイツや大谷翔平と自分を比べることはないですよね。どちらかというと、自分に近い人と比べています。似た者同士で比べるくらいなら、過去の自分と比べて、成長を感じられたほうがよほど有意義です。そうすれば劣等感を抱くこともなくなるし、自分のストロングポイントも見えてくると思います。


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