SABFA magazine

ヘアメイクアップアーティスト

2022.5.30

♯1 活躍し続けるヘアメイクアップアーティストには何が必要? Vol.1― SABFA校長 計良宏文

【 計良宏文 】
新潟県出身。資生堂美容技術専門学校卒業。資生堂トップヘアメイクアップアーティスト。インターコワフュール・ジャパン理事、日本ヘアデザイン協会(NHDK)ニューヘアモード創作設定委員長、資生堂美容技術専門学校テクニカル・ダイレクター、一般社団法人ジャパン・ビューティーメソッド協会 上級認定講師。著書に、クリエイションの基礎から応用までを丁寧に解説した実用書「KERAREATION」(女性モード社)がある。

SABFA校長を務める計良宏文は、豊かな表現力と圧倒的な完成度で、多くのトップクリエイターからも支持される現役アーティストです。ヘアメイクアップの概念を刷新する活動で、日本初・公立美術館での個展開催も実現。2020年東京パラリンピック競技大会の開会式のヘアメイクも担当。彼が長年活躍し続ける理由をインタビューから紐解きます。

他職種とのコラボレーションで、新しい視点や知見を育ててきた

自分の頭の中からデザインを生み出すことには、限界があります。だから常にアンテナを張って、いろいろな人の意見や考え方を吸収したいと思っているんですね。コレクションの情報など、ビューティーに関する情報も自分から取りにくようにしています。 ヘアメイクアップアーティストだけではなく、アートディレクター、ファッションデザイナー、それ以外も含めて、普段接点のない人たちとコラボレーションすることで、世界が広がっていく。現代芸術家の森村泰昌さん、華道家の勅使河原城一さんとの協働や、文楽人形のヘアメイクアップなど、ヘアメイクアップの世界だけではなく文化をつくってきた方たちとの交流もありました。アートディレクターの仲條正義さんと、資生堂の企業文化誌「花椿」などで一緒に仕事をしましたが、誌面が上がってきた時の感動は忘れられないですね。 ヘアメイクアップではない人たちの仕事の考え方、意見、インスピレーションを得る過程などのお話はとても興味深いものです。一言、一言に重みがある。自分一人では得ることのできない、新しい視点、知見に触れることができる。これが上質なインプットになるんじゃないかと思いますね。

無理難題を受けたときにクリエイティビティが発揮される

その上質なインプットを、アウトプットに変換していくわけですが、これは意識してできるものではないんです。少なくとも私の場合は。自分の中に蓄積された技術や経験、情報を整理してアウトプットできているわけではないのだけれど、後々振り返るとそれまでの蓄積がクリエイションに反映されている。しかもそれは、「無理難題」に応えようとしているときに出てくることが多い。私自身、自発的に何かをつくるというより、「無理難題」に強くクリエイティビティを感じる性格ですから、その影響もあるかもしれません。

また、日頃から技術やスキルを高めるために、本を読んだり、手を動かしたりということは常にしているわけではないのですが、例えば人前でデモンストレーションをするときなど、人に何かを見せるときに必ず練習しています。いろいろな髪の巻き方がありますが、頭の中でシミュレーションするだけでは不十分で、イメージ通り巻けるのか、しかもそれをわかりやすく見せるとしたらどう動かしたら良いのかというのは、実際に手を動かす必要があるのです。

もちろん、若い頃から思い描いたものをカタチにするための修行をしてきましたし、技術に自信はあります。けれども、本当にできているかどうかは毎回確認が必要なのです。

同年代のSABFA卒業生に追い抜かれて気づいた大事なこと

元々私は手先が器用と言いますか、美容学生のころから飲み込みが早いほうだったかなと思います。「みんな、どうしてできないんだろう?」と疑問を持つような、ちょっと嫌なヤツだったと思いますね。

しかし、いざ仕事を始めてみるとどんどん追い抜かされていく感覚がありました。同年代のSABFA卒業生は、圧倒的に技術が上手い状態で入ってきて、私を追い越していく。「このままじゃいけない」と、私もひたすら練習をしていました。

当時、資生堂の美容室でサロンワークをしながら、コレクションの現場に連れて行ってもらったり、サロンの勉強会で学んだりしていたのですが、それだけでは追いつくことができなくて。やはり、短期間で集中して学ぶことが大事なんだと思いました。

あるとき、SABFAの先生に志願して、3カ月だけ集中して学ぶ機会をいただくことができたんです。週1回、ヘアメイクアップアップの基礎的な部分をギュッと教わっていたのですが、限られた期間で習得する必要があるから、取り憑かれたように取り組んでいたと思います。短期間でしたが、成長した実感がありました。

マイペースにコツコツと取り組むことも大事ですが、短期集中で学ぶことも大事だと思います。そういう意味で、SABFAで1年、半年、集中して学んだみなさんは良い時間を過ごしていると思いますね。

目には見えない空気までつくることがヘアメイクアップの役目

ヘアメイクアップアーティストとしての成長の転機は、海外のコレクションにもありました。あれは30歳くらいのころだったと思います。海外のアーティストとコレクションの現場を一緒にするようになり、自分とはまた違う感覚でものづくりをするプロセスを見て学びました。

私は最短ルートでものをつくろうとしがちでしたが、少し遠回りに見えるプロセスを踏んだほうが、質感が良く、スタイルを維持しやすいものになったりする。それを目の当たりにして考え方がガラッと変わりました。技術や仕上がりだけではなく、プロセスを重視するようになりましたし、デザイン・フォルムをつくるのではなく人物像をつくるようになりました。

広告の仕事で、フォトグラファーのサイクサ・サトシさんとご一緒したときのことも忘れられません。サイクサさんは、ヘアスタイリストをやめてフォトグラファーとして有名になられた方です。彼に「君は真面目で良いんだけど、もうちょっと周りの雰囲気を見ながらやりなさい」とアドバイスをいただいたんですね。ヘアを直すときの「入ります」の声も大きいし、挨拶も礼儀正しいのは良いんだけれど、堅苦しい感じがする。ヘアだけではなく、現場に合った空気をつくることも大事なのだと。これは大きな気づきでした。

現場の雰囲気、空気感を感じ取りながら、チームでクリエイションする。ヘアメイクアップアーティストは舞台裏で、気分を盛り上げたり、安心感を与えたりする役割もある。そのことを意識するようになってから、成長の階段を一段上がることができた気がします。

師匠の言葉「技術は生涯、勉強。休まるときはない」を今も胸に

成長のハードルをクリアすると、また次の高いハードルが待っているものです。私の師匠、マサ大竹さんは「技術は生涯、勉強だ。休まるところはないんだよ」と繰り返し言っていました。本当に終わりはないんだと思います。

私の周りを見渡しても、活躍し続けているヘアメイクアップアーティストは興味の範囲が広い人が多いです。ゆえに、滅多に仕事を断らない。ヘアメイクアップアーティストの範疇を超えるような仕事がきても、「興味があるし、やってみようか」と取り組んでみる。先ほど話に出た師匠のマサ大竹さんも、いくつになっても探究心を持って、美容に取り組んでいます。若い人からも吸収するし、優れたところは見習う。私もそうありたいと思っています。

ちなみに私自身は自分に甘いから、自分のためには頑張ることができません。わりとすぐ妥協してしまうかもしれない。けれど、仕事を受けたら毎回120%の力で返しています。そうすると、あの人は期待以上の仕事をしてくれるとか、意外性のあるものを出してくれるとか、そういう評価につながり、また新しい仕事をいただける。だから今も続けられているのだと思います。

計良宏文の「座右の銘」

私の座右の銘は「技術は人格」です。これは美容室カキモトアームズの柿本榮三さんの言葉なのですが、聞いたときに「深いなぁ」と思ったんですよね。やはりその人の手から性格も伝わるし、接客にも如実に表れます。もちろん、仕上がりにも性格が出る。これは美容に関わらず、全ての仕事にも通じる話かもしれませんね。「技術は人格」だとしたら、技術を磨くことが、人格を磨くことにも通じる。人格を磨けば、良い技術が生まれる可能性もある。どちらも大切に磨いていきたいですね。

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