SABFA magazine

クリエイション

2026.2.3

#42 creative SHOWER –美と感性をあびる時間– 特殊メイクアーティスト Amazing JIRO の“観察と思考”

美容技術者をはじめ、美に携わる方々がクリエイティビティを高め、仕事に新たな価値を生み出す機会を提供するイベント「creative SHOWER」。毎回豪華なゲストを講師としてお迎えしています。

今回のゲストは、特殊メイクや造形、ボディペインティングの領域で新たな表現を切り拓き、国内外から評価されている特殊メイクアーティストAmazing JIROさん。聞き手は、美容界の第一線で活躍し続ける資生堂チーフヘアメイクアップディレクターの計良宏文。特殊メイクの思考法からライブデモンストレーションまで、当日のセッションの模様をダイジェストでお届けします。

Amazing JIRO(アメイジング ジロー)●多摩美術大学、東京藝術大学、代々木アニメーション学院で学んだ後、特殊メイクの道へ進み、2002年に有限会社自由廊を設立。映画・ドラマ・CMをはじめ、広告、イベント、ファッションなど多彩な領域で活躍。世界70カ国で読まれる『Make-up Artist Magazine』の「世界の注目アーティスト10人」に選出される。近年はデザイン・監修・プロジェクト統括を担うクリエイティブディレクターとしても活動。

計良宏文(ケラ ヒロフミ)●1992年入社、資生堂チーフヘアメイクアップディレクター。インターコワフュール・ジャパン理事、日本ヘアデザイン協会(NHDK)ニューヘアモード創作設定委員長、資生堂美容技術専門学校テクニカル・ダイレクター、一般社団法人ジャパン・ビューティーメソッド協会上級認定講師。2020年7月ヘアメイクアップアカデミーSABFAの8代目校長に就任。

まだ誰も見たことがない“本物”をつくる

計良 JIROさんについては、みなさんすでにご存じの方も多いと思います。テレビはもちろん、映画、ファッション、アートまで、幅広い分野で活躍されている、本当に多忙なクリエイターです。まずはお仕事について伺っていきます。

JIRO 特殊メイクの事例をいろいろまとめてきたのでご紹介していきます。こちらはラテックス系のゴム素材を使っているんですけれど。顎髭やもみあげは本人のものですね。
生徒が飼っている猫がよくひげを落とすので、それを集めて口ひげに使っています。細い針でごく小さな穴を開け、そこに接着剤をつけて1本ずつ固定していくイメージですね。

計良 生えている感じがリアルですよね。つけ髭って売っていますよね。舞台であればそのレベルでも十分なのですが、特殊メイクの場合は根元のネットになっている部分が見えてしまうと一気にリアリティが損なわれてしまう。

JIRO そうなんです。今のハイビジョン環境だとネットがはっきり写ってしまうので、寄りのカットでは毛を直接貼り付けるか、その部分だけのパーツに植毛する方法を取ります。ただ、そのキャラクターが毎日撮影に入るとなると、一本ずつ植毛するのは現実的ではないので、できれば避けたい作業なんです。正直、「最初から生えていてほしい」と思うくらいですね。

ペイントの力で、人の目のピントをずらす

JIRO ビューティー寄りの作品も紹介します。こちらはペイントで仕上げたものです。

計良 ブレている写真に見えますが、JIROさんが描いてるんですね。

JIRO 途中でやめようと思った作品ですが、後で見たら意外とよかったので残しました。制作中に使っていたピンも結果的に良いアクセントになりました。

計良 資生堂の仕事も手伝っていただいていますね。あとから『やっぱりJIROさんだったんだ』と分かることが多いです。

JIRO 手にペイントを施して、花のつぼみのような質感を出しています。

計良 造形に加えて、色や質感のコントロールなど、いろいろな要素が重なっている技術ですよね。

JIRO アートディレクターの吉田ユニさんの影響も大きいです。ユニさんは、見立ての面白さや発想の飛躍が本当に素晴らしい方なんです。ただ、ユニさんと組むと、だんだん僕への発注が細かくなっていって……それに合わせてペイントもどんどん細かくなっていくんですよね。こちらもできる範囲が広がるので、楽しいんですけど(笑)。

計良 こちらもペイントですか?

JIRO はい。に“額縁”を作ろうというアイデアで始めました。渡辺直美さんの撮影だったのですが、まずこのポーズでしばらく固定していただき、ユニちゃんと一緒に「この角度がいいね」という形を決めます。そこが決まったら、まず僕が“枠線”だけ描くんです。少しでも歪んだら額縁に見えなくなるので、最初の線引きがいちばん重要です。角度が変わってしまうと見え方が狂ってしまうので、本当に繊細な作業なんですよ

計良 ビューティーのメイクアップだけをやっていると、なかなかここまでの領域には到達しづらいところだと感じています。

最先端の特殊メイクの力で、リアルに老けさせる

計良 せっかくなので、映画『国宝』でも使われていた特殊メイクを、ここでデモンストレーションしていただきたいと思います。

JIRO ほうれい線と頬のたるみ用のシリコンパーツを片側だけに貼って、10歳くらい老けさせていきます。『国宝』でも、基本は同じ考え方で、こうしたパーツを組み合わせて全体を老けさせていました。

計良 今日は時間の関係で、顔の右半分だけですね。

JIRO 鼻の横から口元にかけて貼って、ほうれい線を深くして、頬に重さを出します。ポイントは、このフチの「フランジ」と呼ばれる部分。シリコンの表面に、薄いプラスチックの膜が乗っているので、溶剤でここだけを“溶かして”なじませるんです。そうすると、地肌との境目が何ミクロンって単位で分からなくなる。

計良 昔のラテックスの時代だと、境目をなじませるのがもっと大変だったんですよね。

(1時間程度、JIROさんのデモンストレーションは進みます)

計良 ほうれい線の影が最初と全然違いますね。頬も、片側だけほんのり落ちて見える。

JIRO ここから赤みやくすみ、青ひげをアルコール系の塗料で足していくと、さらにリアルな“年の重ね方”になります。あえてムラやシミを描き込んでいくんです。

計良 真正面から見ると、半分だけ明らかに年上ですね。でも、境目は本当に分からない。

JIRO 役者さんの素顔をなるべく残しながら、表情の動きも殺さずに老けさせられる。『国宝』の現場でのチャレンジをお見せしました。

アンパンマンじゃなくて、バットマンから始まった

計良 ここからはJIROさんの幼少期にも迫ってみたいと思うんですが。

JIRO 僕は大阪生まれなんですけど、0歳から4歳まではロサンゼルスで過ごしていて。絵に入っていくきっかけは実写版の『バットマン』とか、『スパイダーマン』『超人ハルク』とか。“実写ヒーローもの”をテレビで見て描いていました。

計良 4歳で、それを見て真似して描いていたんですか?

JIRO そうです。意外とちゃんと“人の形”というか、等身が取れているんですよ。だから最初からアニメじゃなくて、実写の人間を見て描いていたっていうのが一つ大きかったかもしれない。

計良 日本だと、最初のキャラクターがアンパンマンだったりして、丸を描いて、丸い目を描いて…っていうところからスタートしがちですよね。

JIRO あれ、あんまりよくないですよね(笑)。僕は「リアルに描きたい」っていう思いから入っていたので、それが多少良かったのかもしれない。他の子たちの絵と比べて、明らかに自分の絵だけリアルさが違う、っていうのがあって。図工の成績はいつも良かったから「僕は絵を描けば評価されるんだ」っていう感覚は、子どもの頃からありましたね。

計良 やっぱり“観察する力”が他の人とは桁違いなんだろうなと感じるんですけど、何かを見たときに、JIROさんにはどう見えているのか気になります。

JIRO 「絵を描くのが苦手です」「絵は才能です」って言う人には、声を大にして言いたくて。観察って「ただ見ること」じゃないんですよ。

例えば“犬と猫”を比べたときに、「目の間隔と鼻の位置がどこがどう違うか」って、説明できますか? 犬の方が二等辺三角形がきつくなって、ライオンになればもっと広がっていく。そういう「違い」を自分の中に情報としてストックして初めて「観察した」って言えるんです。

今の話だけでも、みなさんは犬と猫を描き分けるための要素を一個、手に入れたわけですよね。そういう情報を集めて自分のものにしていくことで、絵は上手くなっていくんです。

非現実は、観察の“引き出し”からしか生まれない

計良 続いて、会場からの質問なのですが、「非現実的な表現をするときのインスピレーションはどうやって生み出しているんですか?」とのことですが、いかがですか?

JIRO 結局、「非現実」を自分の中からゼロベースでひねり出そうとしても無理なんですよ。いろんなものを観察して、「観察によって得たストック」があるから、その引き出しから何を選ぶか、なんですよね。

あとは、「普通だったらこうするよね」ということに対して、あえて“逆”をやってみる経験をいっぱい持っておくのも大事だと思っていて。僕、よく「右向け左精神」って言うんですけど、結構天の邪鬼なんです。みんなが「右向け右」って言っている瞬間に、「誰も見てない左側ってどうなってるんだろう」とか。

みんなが「いいね」って言っているものの中から“悪い部分”を探したり、逆に、みんなが「嫌だ」と思うものの中から“美しい部分”を探したり。そういう感覚を持っていると、「普通の人だったらこう考えるけど、あえてこう変えたらどうなるだろう?」っていう発想が出てくる。
そこで初めて、「こういう形にするなら、こういうシワが入るんじゃないか」とか、さっきのストックから引っ張り出してこれるわけです。

計良 常識とか当たり前とされていることを疑うと。

JIRO アインシュタインの言葉で「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションだ」というのがあるんですけど、僕はあれにすごく感銘を受けていて。常識って、いろんな偏見をくぐり抜けて、結果として“常識”になっているだけなんですよね。

誰も空を飛んでいなかった時代に、鳥を見て「私も飛ぶ」と言ったらバカにされる。でも今、人間は当たり前のように空を飛んでいる。つまり、“偏見”の中から新しい常識が生まれてくる。だからこその「右向け左」なんです。

好きなものだけ見ていたら、未来は広がらない

計良 では、そろそろ本当にお時間になってきましたので、最後に「美意識や感性を養いたい」「クリエーションに悩んでいる」という方々に向けて、メッセージをお願いできますか?

JIRO 今って“カテゴライズされた世界”がどんどん壊れて、多様化が進んでいると思うんです。
好きなものだけでなく、「嫌い」「見たくない」と思うものの中にも、あえて“好きになれる部分”を探してみる。見つけたら観察して、自分の表現に取り込んでいく。そのクセをつけていけば、自分の表現の未来は必ず広がると思います。それをぜひ、実践してもらえたら嬉しいです。

計良 今日はいろいろな裏話も聞けて、まさに“神回”でした。今日は本当にありがとうございました!


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